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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)4474号 判決 1991年6月28日

原告

郷田明久

右訴訟代理人弁護士

瀬戸則夫

池谷博行

福本康孝

被告

学校法人福武学園

右代表者理事

福武幸吉

外一名

右二名訴訟代理人弁護士

田井純

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  原告と被告学校法人福武学園との間において、被告学校法人福武学園の設置している北陽高等学校の校長被告林敏夫が昭和六二年三月二三日に原告に対してした退学処分が無効であることを確認する。

2  被告らは、各自、原告に対し、二〇万円を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二当事者間に争いのない事実

一1  被告学校法人福武学園(以下「被告学校法人」という。)は、北陽高等学校(以下「北陽高校」という。)を設置し高等普通教育を行っている。

2  被告林敏夫(以下「被告林」という。)は、昭和五二年九月一日から北陽高校の校長の地位にある。

二原告は、昭和五九年四月一日付けで、北陽高校に入学し、昭和六一年四月一日には第三学年に進級し、H組に所属していた。

三1  被告林は、北陽高校の校長として、昭和六一年一一月一二月、原告及び原告の父親に対し、原告がその前日の昼休み中(午後一時二五分から三〇分の間)に三年H組の教室内で煙草を吸った(以下、この喫煙事件を「本件喫煙事件」という。)との理由により、自主的に退学すべき旨の勧告(以下「本件退学勧告」という。)をした。

2  その後、北陽高校は、原告に対し、学習指導を一切せず、定期考査も受けさせなかった。

3  そして、原告が本件退学勧告に従わなかったことから、被告林は、北陽高校の校長として、昭和六二年三月二三日、原告に対し、退学処分(以下「本件退学処分」という。)をした。

四北陽高校には、次のような懲戒に関する規定があり、これらの規定は、各生徒が北陽高校から交付を受けている生徒手帳に記載されている。

1  学則

第26条 校長は教育上必要があると認めたときは生徒を懲戒することが出来る。

第27条 校長は次の各項の一に該当する者には退学を命ずることが出来る。

1 性行不良で改善の見込がないと認められた者

2  学力劣等で成業の見込がないと認められた者

3  正当の理由がなくて出欠常でない者

4  学校の秩序を乱しその他学生又は生徒としての本分に反した者

5  授業料の督促を受けてから1ケ月を過ぎてもなお納付しない者

2 生徒心得

第1条 規則をよく守り、学校の秩序を重んじて、明朗な学園であるように努めること。

第11条 生徒の飲酒、喫煙を厳禁する。

第12条 不都合な行為のあったものは処罰録に記載し、処罰規定によって処罰する。処罰を受けたもので改悛の実が揚がったと認められる時は処罰録よりこれを抹消することがある。

3 学則に基づく賞罰規定細則

第2条 生徒としての本分にもとり、あるいは校規を破った者は次の処分を受けることがある。

イ 説諭 ロ 謹慎 ハ 退学

第4条 次の場合は謹慎処分とする。

1 試験中の不正行為

2 飲酒喫煙及び予備行為

3 暴力行為及び凶器又は危険物所持

4 道路交通法などに違反した悪質な行為

5 教師に対する悪質な言動及び授業妨害

6 不純異性交遊

7 睡眠薬・麻薬その他の不健全使用及び所持

8 物品の質入れ

9 定期券及び乗車券の不正使用

10 条例その他に示す不健全な場所への出入り

11 故意による公共物破損

12 その他学年会議によって謹慎処分の対象になると判定される行為

ただし、謹慎処分を2回以上受けた者は退学させることがある。なお謹慎処分を受けた者は誓約書を作成し、保護者の署名及び押印のうえHR担任を通じて学校長に提出しなければならない。

第5条 次の場合は退学処分とする。

1 性行不良で改善の見込みがないと認められた者

2 学力劣等で成業の見込みがないと認められた者

3 正当の理由がなくて出席常でない者

4 学校の秩序を乱しその他生徒としての本分に反したもの

5 授業料その他納付金の督促を受けてから1ケ月すぎてもなお納付しない者 ただし延納願の提出者は除く。

第6条 1、2 記載省略

3 謹慎処分については当該学年のもつ会議において処分及び事後処置を協議し、学校長の決裁を受けるものとする。

4 退学処分に該当すると学年会議で判断された場合は職員会議において審議し学校長の決裁を受けるものとする。

五原告は、集団で級友に対するイジメ行為を行ったとして、第二学年の昭和六〇年六月一一日に一週間の謹慎処分を受け、喫煙行為を行ったとして第三学年の昭和六一年六月二三日に無期謹慎処分を受けていた。

六本件退学処分は、学則第27条及び賞罰規定細則第2条、第4条、第5条第4号により、原告が同細則第4条ただし書の「謹慎処分を2回以上受けた者」、同細則第5条第4号の「生徒としての本分に反したもの」に当たるとしてなされた。

第三争点

一原告の主張

1  本件退学処分は、原告に喫煙の事実がなかったにもかかわらず、原告に喫煙行為があったとの誤った事実認定に基づいてなされたものであるから、違法、無効である。原告は、友人から火の着いた煙草を手渡されたため、これを手に持ったのみであって、喫煙はしていない。

2  本件退学処分は、手続上違法であるから、無効である。

(一) 北陽高校においては、慣習上、退学処分をするには、職員会議における全員一致の議決を要することになっている。しかるに、本件退学処分は、職員会議の全員一致の議決を経ずになされているから、懲戒処分としての手続要件を欠いている。

(二) 本件喫煙事件当日の事情調査に際し、喫煙の事実を否定する原告に対し、第一学年当時の担任であった岩田教諭は、原告が喫煙したものと決めつけて執拗に自白を強要し、原告をして自暴自棄な気分にさせた上、「吸ったといいたいんなら、吸ったでいいやんか。」といわしめ、また、岩田教諭から事情聴取を引き継いだ倉石教諭も、岩田教諭と同様に原告が喫煙したものと決めつけた上、「吸っていません。」と述べて喫煙の事実を否定する原告に対し、「もう分かっている。そんなんは聞けへん。」などといって全く言い訳を聞かず、さらには、「上、丸山は、認めた。」と他の生徒が喫煙を認めた旨の虚偽の事実を告げて自白を迫るなどして、ついには原告をして自暴自棄の気分にさせた上、「もうええやん。学校なんかやめたるわ。」といわしめて、喫煙を認めさせたものである。

右のような事情聴取は、原告本人の性格を考慮せず、一片の教育的配慮のない不当な取調べに当たる。

したがって、以上のような極めて不当な取調べによって確定された事実を基になされた本件退学処分は、違法無効といわねばならない。

3  仮に原告に喫煙の事実があったとしても、本件退学処分は、以下の事実に照らし、社会通念上著しく妥当性を欠くものであって、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してなされた違法無効な処分である。

(一)(1) 懲戒処分は、それが生徒の法的地位を左右する重大な効果を有していることからすると、その発動は、生徒の行動により生じた教育、学習上の弊害が、非強制的な生活指導で対処しうる域を超え、他の生徒や教職員の権利と衝突して、強制的手段による権利調整の必要が生じた場合にのみ、限定的かつ補充的に行うことが認められているものであって、その発動に際しても、比例原則に従い懲戒の対象となる行為の軽重に応じた処分内容が選択されるべきである。特に、退学処分は、学校が当該生徒に対する教育権を放棄するとともに、当該生徒から当該学校において教育を受ける権利を剥奪する行為でもあるから、問題となった非行について、将来、当該生徒自身又はその家庭の努力によって改善される見込みがなく、また、学校において矯正することも到底不可能で教育的指導の余地がないと認められる場合に限ってなしうるものというべきである。

本件で問題となっている喫煙行為は、器物損壊や暴力行為、授業妨害などと異なり、積極的に他人を勧誘しない限り、強制的な手段による権利調整の必要を生じないものであるから、まず禁煙教育を徹底することにより防止すべき性格ものであり、そのような禁煙教育をしているにもかかわらず喫煙をした生徒に対しても、個々的な生活指導等により対処すべきであって、そもそも懲戒処分発動の契機を有しないものといわねばならない。特に、北陽高校では、禁煙教育をほとんどしておらず、生徒に喫煙が蔓延している状況にあり、そのような状況の下で発生した本件喫煙事件に関しては、禁煙教育をもって指導する余地が十分にあったものといわねばならない。仮に原告に喫煙行為があったとしても、これをもって、原告に改善の見込みがなく、教育的指導によっては到底矯正不可能ということはできない。したがって、本件退学処分は、懲戒処分、退学処分の限定性、補充性、さらには、比例原則に反している。

また、本件退学処分は、在学中の全処分歴を通算し、謹慎処分三回をもって違反行為の内容を問わず退学とするものであり、高校生が急激な人間的成長期にあって、大きく変化する発達段階にあることを無視した極端な累犯加重システムに基づいている。この点でも、本件退学処分は、懲戒処分、退学処分の限定性、補充性、比例原則に反している。

(2) 学校教育法上、教師に認められた懲戒権は、組織体における秩序維持のために行使される通常の懲戒権と異なり、人間教育的性格を有しており、懲戒を受ける本人の人間的成長、発達の段階やその人間的成長、発達過程における教育的指導としての懲戒の必要性を考慮したうえで行使されるべきものである。にもかかわらず、本件退学処分は、校則違反を三回したということで機械的になされたものであり、そこでは、原告に対する人間教育的判断及び教育的指導というようなことは一片も考慮されておらず、逆に過去において二回の処分を受けたこと、学校の体面、他の生徒に対する影響など本来、懲戒処分に当たり考慮すべきでない事項を考慮している。

(二) 本件喫煙事件においては、同じ機会に喫煙しながら、山下、原田、水上の各生徒のように、体育系のクラブに所属していたために、吸っていない旨の弁解が簡単に聞き入れられ、処分を受けなかった者もいる。本件退学処分は、学校の教師に必ずしも迎合的でない原告に対し、特に見せしめのためになされた著しく不公平な処分である。

(三) 原告は、本件喫煙事件当日までほとんどの授業に出席し、卒業に必要な出席日数を満たすとともに、卒業に必要な程度の成績を挙げていた。しかるに、北陽高校は、本件退学勧告の後、原告に学習指導を行わず、また、定期考査の機会を全く与えないで放置し、翌年の二月一〇日に同級生が卒業式を終えた後の三月二三日になって本件退学処分を行ったものである。したがって、本件退学処分は、反教育的で、著しく妥当性を欠くというべきである。

4  被告学校法人には、次のような債務不履行・不法行為が、被告林には、次のような不法行為があった。

(一)(1) 被告学校法人には、原告との学校教育契約(以下「本件学校教育契約」という。)上、又は条理上、被告林には、条理上、それぞれ、無効な退学処分をしないようにすべき義務があるにもかかわらず、前記のように違法無効な本件退学処分を行ったものである。

(2) 原告は、本件退学処分により、多大な精神的損害を被った。

(二)(1) 被告学校法人には、本件学校教育契約上、又は条理上、被告林には、条理上、それぞれ、無効な謹慎処分をしないようにすべき義務があった。

(2) しかるに被告林は、本件退学勧告と同時に、学則に規定する手続に違反し、学年会議の決議を経ないで、原告に謹慎処分(以下「本件謹慎処分」という。)をした。

(3) 北陽高校の謹慎処分は、実質的には学校教育法に基づく停学処分と同一内容の懲戒処分であるから、本来、生徒に反省の機会を与えることを目的とし反省後の復学を当然に予定してなされるべきものである。このような停学処分の趣旨に照らすと、復学を予定していない永久停学処分は違法といわねばならない。にもかかわらず、本件謹慎処分は、何らの教育的配慮もなく、原告に退学届を提出させることのみを目的としてなされたものであり、謹慎の期間も定めず、その解除も予定していない、いわゆる永久停学処分に当たるから、違法無効である。

(4) かかる違法無効な本件謹慎処分により、原告は、本件退学処分がされるまでの間、本来受けることができた学校教育を受けられず、また、著しい精神的損害を被った。

(三) 仮に本件謹慎処分が適法であるとしても、原告は、本件謹慎処分中も授業料を納入していた。そして、北陽高校では、通常の謹慎処分においては、謹慎期間中も個別的な学習指導を行なっている。しかるに、被告学校法人は、本件謹慎処分については、その期間中原告に対して学習指導を行わず、また、定期考査を受ける機会を与えなかった。しかも、原告が昭和六二年一月二二日に本件退学勧告に従わない旨明らかにしたにもかかわらず、そのまま放置し、三月二三日になって本件退学処分をした。したがって、被告学校法人の右措置には、その義務に違反して原告に対し教育的配慮をしなかった違法があるというべきである。その結果、原告は、本来受けることができた学校教育を受けられず、また、著しい精神的損害を被った。

(四) 被告学校法人には、学校教育契約上又は条理上、懲戒処分の前提となる事実の確定手続において、不当な事情聴取をしないようにすべき義務があった。しかるに、倉石教諭は、体育系のクラブに所属しているか否かで、合理的理由もなく、所持品調査等において差別的な方法で事情聴取をした。また、前記のとおり、岩田教諭及び倉石教諭は、原告に対し、執拗に自白を強要した。その結果、原告は、著しい精神的損害を被った。

(五) 原告の受けた以上のような精神的損害と学校教育を受けられなかった損害に対する慰謝料の合計額は、二〇〇万円を下らない。

5  よって、原告は、被告学校法人との間で本件退学処分が無効であることの確認を求めるとともに、被告学校法人に対し債務不履行又は不法行為による損害賠償として慰謝料二〇〇万円のうちの二〇万円の支払を、被告林に対し不法行為による損害賠償として慰謝料二〇〇万円のうちの二〇万円の支払を求める。

二被告の主張

1(一)  原告は、昭和六一年一一月一一日の昼休み中の午後一時二五分から三〇分の間に、原告の所属する三年H組の教室内において、喫煙したものである。

(二)  北陽高校においては、賞罰規定細則第4条第2号において喫煙行為を謹慎処分該当事由とし、同条ただし書において、謹慎処分を二回以上受けた者は退学させることがある旨を定めており、その運用として、三回目の謹慎処分に該当する事由があったときは、賞罰規定細則第5条第4号の「生徒の本分に反したもの」に該当するとして、退学処分に付することとしている。そして、右運用に例外を認めていなかった。

原告は、本件喫煙事件当時、既に二回の謹慎処分を受けており、また、昭和六一年一〇月一〇日には、授業中に、自宅から持参していた枕を机の上に出し、それを用いて眠っていたことで、当該授業担当の教諭から厳しく叱責・説諭されたこともあった。

(三)  被告林は、本件喫煙が原告にとって三回目の謹慎処分該当行為に当たり、賞罰規定細則第4条第2号、第5条第4号により、原告に対し退学処分をすべきことになるので、昭和六一年一一月一二日、学年会議における退学勧告の議決を経た後、北陽高校の校長として、原告及び原告の父親に対し、原告を退学処分に付するほかない旨告げた上、原告の将来のためには、退学処分を受けるよりも退学届の提出による任意の退学(自主退学)をした方が望ましい旨の説明をして、本件退学勧告を行った。

(四)  しかし、その後も、原告が自主退学の手続をとらなかったので、被告林は、昭和六二年三月一九日の職員会議の議決に基づき、同月二三日、学則第27条及び賞罰規定細則第5条第4号等により本件退学処分をしたものである。

2  本件退学処分の手続は適法である。

(一) 本件喫煙事件は、昭和六一年一一月一一日の昼休み、校則違反行為の防止、取締りのため、生活指導係の倉石、山田、田中の各教諭が構内を巡回していた際に発見したものである。昼休み後の五時限目の授業が開始される一時三〇分の五分前の一時二五分にその予鈴がなった後、山田、田中の両教諭が三年H組の教室の脇の廊下を通りかかった際、開いていた廊下側の窓から煙草のにおいがしたので、両教諭は直ちに教室に入った。しかし、その時には既に両教諭の巡回の通報があった模様で、煙草を吸っている生徒を現認することはできなかった。しかし、教室内に煙草の煙が立ちこめ、直前まで誰かが喫煙していたことは歴然としており、また、午後の授業開始時間でもあったので、同教諭らは、当時、H組の教室内にいた原告を含む生徒一三名を会議室等に移動させて事情聴取を行った。

その際、倉石教諭その他の教諭が体育系のクラブの生徒と原告とを差別的に取り扱った事実はない。

岩田教諭は、原告から事情聴取をした際、原告が喫煙した旨他の生徒が指摘していると告げ、正直に話すように諭したことはあるが、威圧的な尋問や自白の強要はしていない。

原告は、倉石教諭の事情聴取に際し、当初は完全に沈黙していたが、倉石教諭が自分でしたことは率直に話さなければいけないと諭した結果、喫煙の事実を認めるに至ったものである。なお、原告は、その後、担任の棒谷教諭に対しても喫煙の事実を認めている。

(二) 北陽高校には、退学処分について、職員会議において全員一致で可決しなければならないとの慣行はない。

3  本件退学処分における裁量権の行使は、適法である。

(一) 懲戒権の行使は、校長の裁量に委ねられており、懲戒事由に該当する事実の特定、確認及び確認された事実に対してどのような処分をするかは、校長の裁量に属する。

謹慎処分に該当する非違行為を反復した場合に退学処分とするか否か、退学処分とする場合に回数の基準を設けるか否か、回数の基準を設ける場合に、何回目で退学処分とするかについての絶対的、客観的基準などはなく、それは、それぞれの学校の教育理念、教育方針、各学校の特質や具体的事情によって決められることであって、裁量の問題である。

(二) 北陽高校の懲戒制度も、一般の懲戒制度と同様、当該生徒に対し教育効果を及ぼすことを目的とすると同時に、他の多くの一般生徒に対し抑止効果を及ぼすことをも目的としている。にもかかわらず、謹慎処分に該当する事例が繰り返された場合において、ある場合には退学処分とし、ある場合には退学処分としないような懲戒制度の運用がなされると、一般生徒から、学校による恣意的、偏ぱな処分として受け取られるおそれがあり、ひいては、制度の運用に対する一般生徒の信用を失墜し、生徒に自戒、自覚を促すべき校則や懲戒制度の目的、効力が失われることになり、多数の一般生徒に対する教育、指導に重大な支障を来すことになる。

違反者に対する処分は、学校の体面、外聞や秩序のみを重視して行うべきものではないのは当然であり、当該違反生徒を含む全生徒に対して、校則を犯した以上は、当然に校則に定めた処分を受けるという集団生活、社会生活のルールを知らしめ、社会生活における責任を自覚せしめる教育としてなされるものである。退学処分は、これにより放校される生徒にとっても、健全な社会人となるための責任を自覚せしめる人間教育である。

(三) 本件喫煙事件についても、校則に定められた懲戒制度の厳正な運用が行なわれなければ、校則・懲戒制度による抑止効果が失われ、特に中、高校生の喫煙が社会問題にもなっている現代社会においては、喫煙生徒や校内での喫煙が一挙に増加し、そのことが他の校則違反をも惹起し、ひいては教育の場である学校の荒廃を招くことになる。

(四) そこで、北陽高校においては、喫煙行為が具体的事情の如何によって処遇を異にすべき性質の行為ではないことをも考慮して、例外を認めず懲戒規定に照らして厳しく処分する方針を堅持しているのであり、かかる方針に従ってなされた本件退学処分には、十分な合理性があり、社会通念上著しく妥当性を欠くものとは到底いえない。したがって、本件退学処分は裁量権の濫用には当たらず、また、本件退学処分には裁量権の範囲を超えた違法もない。

(五) なお、本件喫煙行為は、午後の授業の予鈴がなった後、授業が開始される直前に、十数名の生徒がいる教室内で公然と行われたものであって、学校の風紀、規律の維持・確保のためにも、もとより、生徒の生活指導の上からも到底黙認したり、放置することはできない悪質なものである。

4  本件喫煙から本件退学処分まで相当の期間があったのは、退学処分が将来原告の身上に悪影響を及ぼさないよう配慮するため、原告から自主的に退学の申出がなされるのを待ったからであり、本来、本件退学勧告の時点で退学処分をすることができた以上、被告学校法人が、その後本件退学処分までの間、原告に学習指導をせず、また、期末考査を受けさせなかったこと等に違法はない。

第四証拠<省略>

第五争点に対する判断

一本件喫煙事件について

1  <証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一) 北陽高校では、昼休み後の第五時限の授業が午後一時三〇分に開始されることになっており、その五分前の午後一時二五分に予鈴が鳴るようになっていた。

(二) 昭和六一年一一月一一日の昼休み、生活指導主任の倉石、生活指導係の山田、田中の各教諭は、生徒を午後の授業に備えさせるため、手分けして、校内巡回を行っていた。当日の昼休み、三年H組ではクラス担任の棒谷教諭が予鈴がなるまで在室していたが、同教諭が予鈴後退室してから午後一時三〇分の本鈴が鳴るまでの間に、巡回中の右田中、山田の両教諭が、三年H組の脇の廊下を通りかかった際、教室内から煙草のにおいがしたため、両教諭は、直ちに教室の中に入ったが、煙草を吸っている生徒を現認することはできなかった。しかし、教室内には煙草の煙が立ちこめており、直前まで、誰かが喫煙していたことは歴然としていた。そこで、山田、田中の両教諭は、倉石教諭とも相談した上、当時H組の教室内にいた原告を含む一三人の生徒全員を会議室等に移動させ、生活指導担当教諭のうち時間の空いている者が分担して本件喫煙事件について各生徒から個別的に事情聴取を行った。

(三) 原告からの事情聴取は、大島、岩田及び倉石の各教諭が順次行ったが、原告は、大島、岩田の各教諭に対しては喫煙の事実を否定したものの、倉石教諭に対して初めて喫煙の事実を認めるに至り、その後、担任の棒谷教諭に対しても、喫煙の事実を認めた。

(四) 事情聴取の結果、原告、丸山、上、村勧の四人の生徒が喫煙の事実を認め、翌一二日の午後に保護者同伴で学校に出頭すべき旨の指示を受けた。

(五) 翌一二日の第三学年の学年会議においては、前日の事情聴取の結果を総合して、村勧は前日自分で購入した煙草を窓際で吸ったこと、丸山、原告、上は、丸山がロッカー内に所持していた煙草を吸ったことが確定され、謹慎処分二回の前歴のある原告及び丸山に対しては自主退学の勧告を、謹慎処分一回の前歴のある上に対しては無期謹慎処分、前歴のない村勧に対しては期限付の謹慎処分をすべき旨の決定がされた。そこで、被告林は、午後五時ころ、上、村勧に対して謹慎処分を告知し、丸山、原告に対し、自主退学の勧告をした。

2  ところで、原告は、本訴において、右の経緯で自認した喫煙の事実を否認し、火の着いた煙草を手に持ったのみである旨主張するので、以下、この点について検討する。

(一) 事情聴取の経緯

<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件事情聴取は、生活指導担当の教諭のうち、授業の予定されていない者数名が、手分けをして各生徒に対し個別的に行った。そのうち、岩田教諭は、第五時限の授業時間内に生徒の一人である原口から事情聴取を行ったが、最初に、原口に対し、教室でどのようなことがあったのかについて自分の記憶しているところを正直に原稿用紙に書くよう指示したところ、原口は、「花村が見張番をし、教室の後ろの方で、上、丸山、郷田(原告)が、窓際のところで村勧がそれぞれ煙草を吸っていた。」との趣旨の記載をしたので、それを基に原口から喫煙状況について説明を受けた。

(2) 原告からの事情聴取を最初に担当したのは大島教諭であったが、原告は、同教諭に対し、予鈴が鳴った後、M組からH組に帰ってきたところ、すぐ山田、田中の両教諭が教室に入ってきた旨告げて、自己が喫煙したことを否定し、同教諭の事情聴取はそれで終了した。

(3) 他方、原口から原告が喫煙したとの指摘を受けていた岩田教諭は、一旦、第六時限目の授業に出た後、再度事情聴取を開始し、原告を担当した。その際、岩田教諭は、喫煙の事実を否定する原告に対し、原告が喫煙するのを見ていた者がいる旨告げて、喫煙の有無を質したところ、原告は、立腹して、「吸ったちゅうんなら、吸ったでええやんか。帰る。」といって席を立ち、そのままその部屋から出て行ってしまった。岩田教諭の事情聴取の時間は、五分ないし一〇分であった。

(4) そこで、岩田教諭は、生活指導主任の倉石教諭に対し、原告が喫煙していたと話している生徒がいること、原告から事情聴取をしたが原告は喫煙を否定していること、事情聴取中、右のように立腹して部屋を出て行ってしまったことを報告をし、倉石教諭の方でもう一度事情聴取をするように依頼した。

(5) 右の依頼を受けた時点では、倉石教諭は、自ら、村勧、丸山の二人の生徒の事情聴取を行い、当初喫煙の事実を否定していた二人に喫煙の事実を認めさせていた。そこで、倉石教諭は、「吸っていません。」と喫煙の事実を否定する原告に対し、「そんなことは通用しない。他の生徒は自分のやったことを素直に話している。君も素直な気持で話すように。自分のことだけ話せば良い。」といった趣旨の説得をした。これに対し、原告は、当初、沈黙していたが、約五分後、倉石教諭に対し、吸ったとの趣旨の言葉を述べて、喫煙の事実を自認するに至った。

(6) そこで、倉石教諭は、原告に対し、担任の棒谷教諭を呼ぶから、同教諭にも正確に話をするように告げた上、同教諭を呼び、倉石教諭がいるところで、棒谷教諭が、原告に対して、「吸ったんか。」と喫煙の事実を尋ねると、原告は、「すまんな。吸ったわ。」と返事をし、全く、弁明をしなかった。

以上(1)ないし(6)において認定したところからすると、当初、喫煙の事実を否定していた原告が倉石教諭に喫煙の事実を認めるに至ったのは、三年H組にいた各生徒から個別的に事情聴取が行われ、その結果を踏まえて、岩田教諭から「吸うのを見た者がいる。」との指摘がなされ、その後、倉石教諭からも「吸うのを見た者がいる。」「他の者は自分のやったことを正直に話している。」との指摘がなされたことが大きな原因となっているものと認められるが、長時間待たされていたとはいえ、岩田教諭、倉石教諭の各事情聴取は、それぞれ一〇分以内という短時間のものであったこと、その間、両教諭が原告に対し大声で怒鳴ったり暴行を加えたりしたことはなく、また、自認を強要するような威圧的態度を示したこともないこと(証人岩田英世、同倉石文昭の各証言と原告本人尋問の結果による。)、右事情聴取の際、原告は、そこで喫煙を認めると三回目の謹慎処分該当行為をしたことになり退学せざるを得なくなることを熟知していたこと(原告本人尋問の結果による。)からすると、原告において両教諭から喫煙したと決めつけられているという意識を持ったとしても、これが、原告を自暴自棄な気分にさせ、虚偽の自認に導いたとすることはできない。

(二) 事情聴取後の原告の態度等

<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 事情聴取が終わり、翌一二日に保護者とともに出頭するよう指示を受けた後、原告は、喫煙を認めた丸山、上と喫煙を否定しとおした小濱と連れ立って帰途についたが、その際の会話では、丸山は、「倉石先生から、上と郷田は白状した、お前も率直に自分のことだけいえ、といわれたので白状した。」と、上は、「おれは、丸山と郷田が白状した、お前も率直に自分のことだけいえ、と言われたので白状した。」と、原告は、「おれは、丸山と上が白状したから、率直にいえ、といわれた。」とそれぞれ自認した理由を述べ合い、その結果、三人で「あいつら、みんなで、かまかけて白状させたんや。」と意見が一致し、それぞれ、事情聴取の方法が汚いと立腹しながら帰宅した。

(2) 一二日の午後五時半ころ、被告林が自主退学の勧告をした際、丸山は喫煙の事実を認めたが、父親とともに出頭していた原告は、被告林から前日の喫煙の事実を確認された際、黙したままでこれを認める旨の明白な返事はしなかった。しかし、喫煙の事実を否定もせず、父親もその点につき特に意見を述べなかった。

(3) 同日、原告は、「一身上の理由により退学させていただきます。」との記載をした退学届を作成し、さらに、クラスから退学者が出たことに対する謝罪と従来の指導に対する感謝の意を示すために、クラス担任の棒谷教諭宛に「今まで、色々とありがとうございました。今回このような事になって先生には、もうしわけなく思っています。」「ただ、一言、いいたいのは、人をエサに他の者をつかまえるようなことはしてほしくないということです。」「一年半以上世話してくれて、どうもありがとうございました。」「曽根先生や服部先生、岩田先生他多勢の先生方によろしくお伝え下さいませ。」などと記載した手紙を書き、そのころ友人に依頼して学校に届けた。

(4) もっとも、原告は、一一月一八日に母親も加わって本件退学勧告に不満を述べるようになったころから、右喫煙の事実を否定するようになった。

(5) しかし、その後、原告は、倉石教諭を訪問しながら、本件喫煙事件、本件退学勧告について不満を述べず、むしろ、健康のためにできるだけ煙草を吸わないように節制しているといった趣旨の雑談をして帰った。

右(1)において判示した本件事情聴取後の帰宅の際の状況は、丸山、上、原告の三名が、帰途、現認されていないにもかかわらず喫煙を認めてしまったことについて、その理由を述べ合ったところ、他の二人が認めているといわれたため白状したという点で一致し、共に事情聴取の方法について立腹しながら帰宅したというべきものであり、右の状況は、倉石教諭等が虚偽の事実を告げて三人を自認に導いたということよりも、むしろ、三人がそれぞれ他の二人も喫煙したという認識を有していたことを推認させるものである。この点と、前示のように、原告が、翌日、父親と共に出頭しながら被告林に対して、前日の自認を覆さず、また、不当な方法で虚偽の自認をさせたといった不満を述べていないこと、原告が担任の棒谷教諭に宛てた手紙において、自認させた方法について不満を述べながら、虚偽の自白をさせたという点については何ら不満を述べず、かつ、岩田教諭その他の先生に対しても悪感情を示さないで退学を率直に受け入れていること、原告は、被告林から本件退学勧告を受け、これを両親が争うようになった一一月一八日ころから、喫煙の事実を否定するようになったこと、しかし、原告は、その後倉石教諭に面会した際も、本件退学勧告について同教諭に対して不満を述べていないこととを併せ考えると、原告が本件事情聴取の際に一旦認めた喫煙の事実を後になって否定するに至ったことは、不自然というほかない。

(三) 原告本人の供述内容の検討

ところで、原告本人は、「予鈴がなるまで、D組の小濱と一緒にM組にいた。予鈴後、小濱を誘って一緒にH組に戻った。そのとき丸山は廊下側の最後部の席に座っていた。そこで、自分の席は廊下側から二列目の前から二番目の席ではあったが、丸山の座っている席の前の席に横座りし、山下等と単車の話をしていた。すると、教室の後の方から顔の前に火の着いた煙草が出されたので左手で受け取った。しかし、丁度その時、教室前方が騒がしくなり、先生が入ってきたので、それを右手に持ち替え、足元に捨てた上、右足で消し、廊下側の窓の下の溝に蹴り入れた。」と供述する。

そこで、右供述について検討するに、原告本人は、H組に戻ったとき、丸山を見つけたのでその前の席に座った旨供述しながら、丸山とどのような話をしたか、全く供述せず、むしろ、山下等と話をしていたと供述している。しかも、煙草を吸ったことが明らかな丸山について喫煙行為を見た旨の供述をせず(なお、成立に争いのない甲第八号証〔原告の陳述書〕には、教室に戻った時、丸山は寝た恰好で座っていた旨記載されている。)、しかも、火の着いた煙草を誰から手渡されたのか分からないといった到底理解しがたい供述をしている。さらに、教室に戻った後、一緒に単車のことについて話をしていたという山下等について、「山下等は自分が煙草を手渡され、これを手に持ったことを知っている。」との供述をするが、原告は、本件事情聴取の際、煙草を吸うのを見た者がいると指摘されたにもかかわらず、岩田教諭にも、また、倉石教諭にも、「教室に戻って、すぐ、山下等と単車の話をしていた。」というような教室に戻った後の具体的行動について説明せず、また、「煙草を手に持っただけだ。」といった弁明もせず、さらに、「自分が喫煙していないことについて山下等から事情を聴いて欲しい。」といった要求もしていない(証人岩田英世、同倉石文昭の各証言と原告本人尋問の結果による。もっとも、原告本人は、一一月二二日ころ、山下に対し、倉石教諭から同月一八日に原告の喫煙行為について尋ねられた際、どのように答えたかを聞いたところ、山下は、「見ていません。」と答えたと自分に説明した旨供述する。しかし、山下が原告に対してそのような説明をしたとしても、その内容は、原告の喫煙を積極的に否定するものではないから、これをもって、倉石教諭から尋ねられた際、原告の喫煙について自分は告げ口しなかったということ以上の意味を持つものと解することはできない。)。

ところで、<証拠>に弁論の全趣旨によると、小濱は、昼休みにH組にいる原告を訪問したこと、その後二人でM組に行き、予鈴後、再び、原告に誘われて一緒にH組に戻ったこと、すると、教室後部のロッカーの前付近に二、三人の生徒がヤンキー座りをして灰皿を囲んでおり、その中に顔見知りの者がいたのでそこに行ったこと、そして、そのうちの一人である上から火の着いた煙草を受け取ったところ、すぐに、誰かが「先生が来た。」と叫んだこと、そこで、あわてて、手に持った煙草を灰皿に突っ込んで火を消し、その灰皿をロッカーの中に隠したこと、灰皿の回りにいた他の生徒は、先生が来たとの声と共に直ちに分散したこと、田中、山田の両教諭が教室に入ってきたときには、上は真ん中の列の後方にある村勧の席に座っており、丸山は廊下側の席の最後部に、原告は、その前の席に座っていたこと、以上の諸事実が認められ、さらに右各証拠によると、小濱も高校三年の五月に喫煙で停学処分を受けたことがあるが、その後も煙草を吸っていたこと、原告は、そのころ、一日一〇本程度の煙草を吸っており学校でも吸っていたこと、当時、H組は煙草を吸う者の溜まり場になっており、他のクラスからも休み時間中に煙草を吸いに来ていたこと、以上の諸事実を認めることができる。

そして、右の諸事実と昭和六一年一一月一八日に倉石教諭が謹慎中の上に対して事情を確認した際、上は教室の後ろで原告が煙草を吸っていた旨答えたこと(証人倉石文昭の証言による。)、前示のように、本件事情聴取の際、原口が「花村が見張りをし、教室の後の方で、上、丸山、郷田が煙草を吸っていた。後の窓際で村勧が煙草を吸っていた。」との趣旨の説明をしたこと(証人原口賢治は、この点につき曖昧な供述をしているが、その供述は、全体として見れば、原告が喫煙したことを肯定するものである。)とを併せ考えると、原告本人の供述の前示のような不自然さは、それが、灰皿を囲んでいた生徒達があわてて分散し、素知らぬ顔をしている状況を前提としてされた虚偽の弁明であることに由来するものと考えられる(灰皿を囲んでいた生徒の中に上、丸山が含まれており、原告と小濱がこれに参加し、原告は喫煙したが、小濱が上から火の着いた煙草を受け取り、これを手にした時に、「先生が来た」との通報があったので、そこにいた丸山、原告、上は、あわてて分散したと見る余地が充分にある〔甲第一一号証には、「郷田君は廊下側の後の方へ行きました。郷田君が煙草を吸ったかどうかについては見ていません。郷田君が煙草を吸う暇はなかったと思います。」との記載があるが、同号証は親友である原告のために本件訴訟提起後に小濱が作成した陳述書であるから、前示のような不利益部分とは異なり、右記載部分を、たやすく採用することはできない。〕。)。

3  したがって、火の着いた煙草を手に持っただけである旨の原告本人の前記供述は到底信用することはできないというべきであり、喫煙の具体的態様を確定することはできないが、1において判示した事実から、本件喫煙事件において原告もまたH組教室内で喫煙したものと認めるのが相当である。

二本件退学処分の違法性について

1  手続上の違法性について

(一) 北陽高校において、退学処分は職員会議における全員一致の議決がある場合にのみ行うとの慣行があることを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の主張2項(一)は、その前提を欠き、その余の点につき判断するまでもなく、失当である。

(二) 次に、岩田教諭及び倉石教諭の原告に対する事情聴取の状況は、前示のとおりであり、両教諭が原告を威迫、強要又は欺罔するなどして不当な事情聴取を行ったとすべき事情を認めるに足りる証拠はなく、また、右事情聴取が原告の性格を考慮せず、また、教育的配慮に欠けたものであったとすべき事情を認めるに足りる証拠もない。したがって、原告の主張2項(二)は、失当である。

2  裁量権の範囲を超え又は裁量権の濫用に当たるかどうかについて

(一)  私立高等学校における懲戒は、公立高等学校におけるそれと同様に、学校教育法等の法令及び学校教育契約に基づき教育的見地から行われるべきものであり、懲戒を適切に行うには、懲戒の対象となる行為の軽重のほか、本人の性格及び平素の行状、当該行為の他の生徒に与える影響、懲戒処分の本人及び他の生徒に及ぼす訓戒的効果など諸般の事情を総合考慮する必要がある。しかし、これらの事情は、学校内の事情に通暁し、直接教育の衝に当たる懲戒権者自身でなければ十分知ることができないものであるから、懲戒権の発動に当たり、当該行為が懲戒に値するものであるかどうか、懲戒処分のうち、いずれの処分を選ぶべきかについては、原則として、懲戒権者の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当である。したがって、退学処分をもって、原告の主張3(一)記載のように、極めて限定的、かつ、補充的なものとすることはできない。

もっとも、懲戒が懲戒権者の裁量に委ねられているといっても、そこには一定の限界が存するのであって、裁量権の行使が社会通念上著しく妥当性を欠き裁量権の範囲を超えていると認められる場合又は不当な目的のために裁量権を恣意的に行使するなど裁量権の濫用に当たると認められる場合には、当該懲戒処分は違法無効というべきである。

(二)  そこで、以下、右のような観点から本件退学処分が裁量権の範囲を超え又は裁量権の濫用に当たるかどうかについて検討する。

(1)  まず、未成年者喫煙禁止法は、未成年者が心身の発達途上にあることに鑑み、その健全な発育を妨げるおそれのある喫煙を特に禁止しているものであるが、近時、成年者についても喫煙による健康上の害が確認されており、さらに、喫煙が当該喫煙者以外の者に及ぼす健康上の害や、喫煙によるにおい等が当該喫煙者以外の者に及ぼす不快感等についても社会的に問題視されていることは公知の事実である。したがって、北陽高校において、前示のように賞罰規定細則により生徒の喫煙を禁止していることは、合理的な根拠があるということができる。そして、前示のようにその違反行為を謹慎処分の対象としていることも、これをもって社会通念上著しく妥当性を欠くということはできない。

(2)  次に、<証拠>と弁論の全趣旨によると、北陽高校においては、謹慎処分に該当する行為が繰り返された場合において、ある場合には退学処分とし、ある場合には退学処分としないような懲戒制度の運用がなされると、一般生徒から、学校による恣意的、偏ぱな処分として受け取られるおそれがあり、ひいては、制度の運用に対する一般生徒の信用を失墜し、生徒に自戒、自覚を促すべき校則や懲戒制度の目的、効力が失われることになり、多数の一般生徒に対する教育、指導に重大な支障を来すことになるとの観点から、二回謹慎処分を受けた者が三回目の謹慎処分該当行為を行ったときには、例外なく退学処分とする方針を有し、その方針に従って自主退学の勧告、退学処分を行ってきたこと、そして、本件退学処分もかかる運用例に従ってなされたものであることが認められる。

そこで、右のような運用方針自体の合理性について検討するに、北陽高校における謹慎処分は、賞罰規定細則第4条により、同条に掲げる行為があった場合において教育上必要と認められたときに行われるものであり、弁論の全趣旨によると、北陽高校においては、謹慎処分の都度、当該生徒とその保護者に対して反省を求め、以後の更生を誓約させていることが認められるので、二回謹慎処分を受けた者が三回目の謹慎処分該当行為を行ったときには、生徒としての本分に反するとして、例外なく退学処分とする方針は、高校生が急激な人間的成長期にあることを考慮しても、これをもって、社会通念上、著しく妥当性を欠くものということはできない。

ところで、<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、北陽高校では、入学前に保護者に対する説明会を開催し、その際、校則や校則違反に対する懲戒処分を詳細に説明し、特に生徒の喫煙の防止については学校の努力と併せて家庭での指導を要請していること、入学直後の新入生全員に対するオリエンテーションにおいても、喫煙の禁止やその違反に対する処分について生活指導担当教員や各クス担当教員から全生徒に徹底させていること、また、各学年の始業式当日のクラスごとのオリエンテーションにおいても、生活指導としての禁煙教育と校則違反に対する懲戒処分制度を徹底し、生徒に自覚・自戒を促していること、夏休み直前には、生徒に対する夏休み中の注意とともに、父兄に対しても禁煙の防止を含む生活指導を呼びかけていること、その他、父兄に対する臨時通信、PTAの会合などにおいて、禁煙を含む生活指導を説明し、協力を要請していること、日常、教師による校内巡回などによっても喫煙防止を図っていること、以上の事実を認めることができ、これらの事実によると、北陽高校においては、禁煙教育を重視し、生徒はもちろん、その保護者に対しても、生徒の喫煙の禁止とその違反行為に対して処分のあることを徹底させる措置をとっていたものと認めることができる。

そして、本件においては、前示のように、原告は、級友に対するいじめ行為を理由として第一回謹慎処分を受け、本件と同じ喫煙を理由として第二回謹慎処分を受けていたものであり、<証拠>と弁論の全趣旨によると、原告は、第一回及び第二回の各謹慎処分に際し、父親と連名で誓約書を提出し、同種行為があったときは、どのような処分を受けても異議がない旨誓約していること、第二回謹慎処分に際しては、第三回目の謹慎処分該当行為があったときには、退学処分となる旨の注意を受けていたこと、原告は、本件喫煙に際し、これが学校側に発覚すれば第三回目の謹慎処分該当行為を行ったことになり、退学させられることを充分に認識していたことを認めることができる。さらに、本件喫煙行為が、午後の授業開始直前に、他の生徒もいる教室において公然と行われたものであることは前示のとおりである。

したがって、本件退学処分は、社会通念上、著しく妥当性を欠くものということができず、本件退学処分に裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用した違法があるとすることはできない。

なお、本件退学処分が、主として、北陽高校の体面を守ることを目的とし、あるいは、他の生徒に対する威嚇効果を期待するなど、本来考慮すべきでない事項を考慮して行われたとすべき事由を認めるに足りる証拠はない。

(3) 次に、<証拠>と弁論の全趣旨によると、本件事情聴取に際し、会議室で倉石教諭が各生徒について上着のポケットに煙草等を所持していないかどうか調査したこと、その際、上着を着ていた者については上着のポケットの外から触れて所持の有無を確認し、原告のように上着を脱いでいた者についてはポケットに手を入れて所持の有無を確認したことを認めることはできるが、この事実をもって差別的な取扱いということはできず、他に右調査に当たり原告を他の生徒と差別的に取り扱ったことを認めるに足りる証拠はない。また、本件喫煙事件において、前示の四人の外に喫煙をした生徒がいたことを認めるに足りる証拠も、体育系クラブに所属していた生徒については吸っていない旨の弁解が容易に聞き入れられ、原告については容易に聞き入れられなかったとすべき事情を認めるに足りる証拠もない。さらに、本件退学処分が、教師に迎合的でない原告に対し、見せしめのためになされたとすべき事情を認めるに足りる証拠もない。したがって、原告の主張3(二)は、失当である。

(4) また、原告が卒業を間近にひかえた昭和六一年一一月一二日に本件退学勧告を受けたこと、後記認定のように事実上の停学措置を受けたまま、他の生徒が卒業式を終えた昭和六二年三月二三日になって本件退学処分を受けたことをもって、本件退学処分が反教育的であり、著しく妥当性を欠くとすることはできない。したがって、原告の主張3(三)も、失当である。

三被告学校法人の債務不履行・不法行為と被告林の不法行為について

1  本件退学処分の違法性について

本件退学処分に違法無効とすべき事由がないことは前示のとおりである。

2  本件謹慎処分の違法性について

原告は、本件退学勧告と同時に謹慎処分(停学処分)がされた旨主張する。しかし、本件退学勧告の際、賞罰規定細則第4条による謹慎処分がされたことを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、被告林本人の尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、被告林は、原告が本件退学勧告に応じない場合には、当然に退学処分を行うとの前提であったため、本件退学勧告後は原告に対して学習指導を行う必要がないと考えていたこと、退学勧告を議決した学年会議においても、自主退学又は退学処分までの暫定的措置として、右のような停学を当然の前提としていたこと、以上の事実を認めることができる。

ところで、右のような停学措置は、懲戒処分としての停学処分ではなく、退学勧告という事実上の措置に伴ってとられた事実上の措置であるが、右停学措置は、右に判示したように、学年会議が本件退学勧告を行ったときに予定していたものであり、また、<証拠>と弁論の全趣旨によると、本件退学勧告は、退学処分が原告の将来の身上に悪影響を及ぼすおそれがあることを考慮して行われたものであることが認められ、この点と原告及びその両親が昭和六一年一一月一八日ころから、本件退学勧告に異議を述べ、さらに本件喫煙行為自体を否定するに至ったため、その当否を検討する必要と原告に対し自主退学について再考の機会を与える必要があったこと(成立に争いのない甲第三ないし第六号証、乙第八、第九号証の各一、二、被告林本人の尋問の結果と弁論の全趣旨による。)を併せ考えると、本件退学勧告の時点において本件退学処分をすることが可能であった以上、本件退学処分までに三箇月余りの期間があったこと、その間、右停学措置をとり、学習指導を行わず、また、定期考査を受ける機会を与えなかったことをもって違法とまでいうことはできない。

3  本件事情聴取の違法性について

本件事情聴取において差別的取扱いがあったとすることはできず、また、事情聴取に際し、自認の強要その他の違法な行為があったとすることができないことは前示のとおりである。

4  債務不履行・不法行為の成否について

以上1ないし3において判示したところによると、被告学校法人に債務不履行・不法行為が、被告林に不法行為があったとの原告の主張4は、失当である。

第六総括

以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田畑豊 裁判官岡久幸治 裁判官西田隆裕)

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